ススメ、スズメ!


『ススメ スズメ スズナリノ ススキノホ スリヌケ』
漢字で書くとおそらくこうだろう
『進め、雀、鈴生りの、薄の穂、すり抜け』
これは、ある日ある公園である老人に教えてもらった呪文。


ここ数日は何もかもうまくいかない日が続いている。
依頼されていたCMコピーのアイデアが一向に浮かばない。
結局、昨日もほとんど眠れなかった。
そんな日は何もかもやめて逃避する事にしていた。
わざわざ電車で3駅離れた公園へ出かけ、コンビニで適当に買った弁当をぼーっとしながら食べるのだ。
公園のベンチに座り、うまくもまずくもない照り焼きハンバーグ弁当を食べていると、どこからともなしに鳩やらスズメやらが集まり、僕の足元をさりげなくうろうろし始める。
その中にビヨビヨとなく妙なスズメがいた。<<スズメはチュンチュン、チチチと鳴くもんだろうよ>> とひとりごとを言いながらも面白いのでそのビヨビヨ鳴くスズメにご飯の残りをちょいと投げてやった。
しかし、そのどんくさいビヨ鳥は他のスズメや鳩に米粒をさらわれていくのであった。
そのあまりのどんくささに自分の生き様を見たような気になり少しシュンとなったその時、
「鳥がお好きなようですな」と横から声がかかった。
いつの間にか横に見知らぬ老人が座っていた。
公園で寝泊りしている自由人なら少しは警戒したかもしれないが、その人はちょっと古風だが整った身なりで危ない人ではなさそうだった。
「いえ別に特に好きなわけでもないですけど、何となく気楽そうでイイですよね。 特にスズメは地味で」と普通に言葉を返した。
「地味に生きることこそが最良の生き方です。 地味なスズメが好きとは気に入った」老人は少しイタズラっぽく笑った。
「よろしい、それではあなたに地味なスズメになれる呪文を教えて差し上げましょう」と僕の目をしっかりと見つめて言った。<<うーん、なんだかめんどくさいことになったぞ>> と僕は思いながら、「はあ」と気の抜けた返事をした。
「今から言う呪文を3回繰り返すのです。早口でなくとも3回心をこめて唱えなさい」
そう言って老人は呪文とやらを力強く唱えた。

『ススメ スズメ スズナリノ ススキノホ スリヌケ!』
『ススメ スズメ スズナリノ ススキノホ スリヌケ!』
『ススメ スズメ スズナリノ ススキノホ スリヌケ!』

ドロン!
老人の姿が一瞬にして消えて、元老人がいた足元あたりにごく普通のスズメがビヨビヨと鳴いていた。

僕はぽかんとしてそのスズメを眺めていたが、やがてそいつもビヨビヨと鳴きながら飛んでいってしまった。
僕は周りを見回してみたが、僕たちのこの様子を見ている人は誰もいないようだった。
僕は大きくひとつ深呼吸をして、状況の自己解析をした。
どうも寝不足がたたっているらしい…、寝不足だとわけのわからない老人が現れるって話をどこかの本で読んだよな…


公園から家に帰ってからも、相変わらず仕事は煮詰まったままだった。
窓の外をふと眺めた。確かに、スズメにでもなればこんなくだらない仕事もせず、誰に邪魔される事も無く勝手気ままにどこへでも飛んでいけるのに。
完全に現実から逃避している自分に気付き、気分転換にとベランダへ出てタバコを一服。<<すすめ、スズメ… なんだったっけな>> と僕は公園の出来事の事を思い出していた。
そこへ携帯のメール受信の音楽がピロピロと鳴った。


発信元:冬のスズメの会
件名:呪文(^o^)丿

  先ほどの呪文は、「ススメ スズメ スズナリノ ススキノホ スリヌケ」です。
  それではゆっくりとご唱和くださいませ(^o^)


どうしてこのアドレスを知ってるんだ!
なんとなく、向いの電線に止まっているスズメがこっちを見てうなずいている気がする。

はやけくそで、その呪文を3回早口で唱えてみる。

『ススメ スズメ スズナリノ ススキ スリヌケ!』
『ススメ スズメ スズナリノ ススキ スリヌケ!』
『ススメ スズメ スズナリノ ススキ スリヌケ!』

そして僕の体はフッと軽くなり、ドロン!

そしてベランダの窓ガラスに映った自分の姿におどろいた。
地味には程遠い、絢爛豪華なクジャクがタバコをくわえていた…

そこへ再び携帯のメール受信の音楽がピロピロと鳴った。


発信元:冬のスズメの会
件名:(-_-;)
  ススキじゃなくってススキノホ
  だめじゃん(+_+)、呪文まちがえちゃ・・・


向いの電線に止まっているスズメがこっちを見てやれやれと首をふった。