Lucky Egg


今年もまた、のほほんと年が明けた。
「新年、明けましておめでとうございま〜す♪」
テレビの中はおめでとうの嵐だ。
「ほんま正月ってろくな番組やってへんなあ」と僕が不満を訴えると、「そういうのが正月なんよ」と彼女はもっともなご意見を僕に投げ返した。
「もう、いつまでもこたつでごろごろしているのも飽きたわ。外行こ、初詣行こ」と彼女は僕の最も恐れていた事を口にした。
「えーっ、外寒いって・・・ もう番組の文句は言わへんから・・・」
「元日の今日からバーゲンやってるとこもあるし、街行こ、街へ」
やばい。彼女の高性能アクティブスイッチが作動してしまった。
結局僕は、愛すべきこたつからひきはがされることとなったのだった。ずるずるずる・・・


「まずは世間の様子を知る為に、クリスタルシティのバーゲンなるものを観察しにいきます。それでスタバでちょっとお茶してから、中之島稲荷さんへ初詣して、おみくじを引いて、今年も大吉を引き当てます」彼女は満足げにこれからの予定を発表した。
こうなれば僕はもう彼女の後をついて行くしかない。
決死の思いで出たものの、外は意外と暖かかった。もう少し薄手のコートでもよかったかもしれないし、首に巻いたマフラーも何となく暑苦しい。


環状線を乗り継いでたどり着いたショッピングモールは予想どおりの人で溢れかえっていた。
いくつもの福袋を抱えるおばさま方とすれ違う。
<あんなに買ってどうするんだ〜?>と僕らは視線で会話した。
さて、人気ある店は入場制限の列が長く続く。しかもそれがメンズの店であって、野郎達が並んでいたりする。
「服にお金かける男子はどうよ?」と僕がつぶやくと
「ぼろぼろになるまで気に入った服しか着ない男子もどうよ?」とひじで僕のわきをつつく。
「私、見たいお店があったんやけど、もういいわ」と彼女はこの人ごみに先ほどの戦意はすっかり喪失していた。
まあまあまあ、と僕は彼女をなだめながらも、当然座席など空いていないスタバでラテを買って外に出る。


広場の階段に座りながら新年っぽく巨大な門松にふわふわと毛がはえた意味不明のオブジェを2人で眺める。
「この前まではクリスマスムード全開やったのにねえ」と彼女。
「こんなオブジェって誰かが作ってるんやなあ」
「そらそうでしょ」
「でもすぐにつぶして捨てちゃうんやろなあ」
「まあ、こんなん芸術でもないから残しといてもしゃあないからねえ。でも、あげるわ、言われてもいらんしなあ」
「案外創作者が近くで観察してるかもな。人々の評判はどうかなっていうて」
「わしの作品をけなす奴は許さんっていうて?」
彼女はあたりを見回す。
「あのベンチコートにサングラスの人、怪しいかも・・・あっ、今、目がおうたわ」
「サングラスやから、目おうたかどうかわからんやろ」
「いやいや、あの人やわ。あげるゆわれてもいらん、いうの聞こえたかも・・・ 怒ってるわ、きっと、逃げよ」
そう言って彼女は立ち上がり、すたすたと歩き出した。
「ついて来てない?」彼女は心配そうに言う。
「来てない、来てない」僕は笑いながら報告する。


目指す中之島稲荷さんの境内までの道も、負けずとにぎわいを見せている。
両脇にならんだ露天商の屋台からのたこ焼きやらイカ焼きやらの匂いに誘われながらふらふらと歩く。
「毎年、怪しげな屋台が1つはあるんやけど」と彼女がつぶやく。
「そやったっけ? 去年は?」
「去年は、あれよ。 イノシシのたまご」
ああ思い出した、イノシシのたまご。
<これが世にも珍しく縁起のよい、今年の干支のイノシシのたまごだ!>と、怪しげなオヤジが威勢よく、赤やら黄色やらのたまごを売っていたのだった。
「あれ、どう見てもニワトリの卵をペンキか何かで色を塗ってたよねえ。 誰かすっごい欲しそうにしてたけど」とチラリと彼女が僕を見る。
「去年あのたまごを買うのを誰かが邪魔せんかったら、今ごろはきっと庭から石油が噴きだして、大富豪やったのになあ」と僕もチラリと彼女を見た。
「うちアパートで庭なんか無いし」と彼女はふふんと鼻で笑った。


やっとたどり着いた本堂にて、僕たちにしては奮発して一人百円のお賽銭を投げ込んだ。
僕はその百円玉に、あれが欲しいあれが食べたいといった低レベルの個人の欲望から、世界レベルの環境問題、民族紛争の解決などありとあらゆる願いがぎっしりと詰め込んだ。
しかしながら上には上がいるもので、横の彼女は何やらつぶやきながらさらにしつこく手を合わせていた。


「さあ本日のメインイベント。 今年も大吉、大吉!」と彼女はおみくじを引く為の列に突進した。
僕は数年前に凶を連続して引いてから、おみくじを引くのをやめた。
毎年、こんなところで運を使いたくないのだ。
こんな僕に「でも大吉が出たからって、運を減らすわけやないし」と彼女は言う。 
まったくごもっともであるのだが。


さて僕は少し離れたところで彼女の挙動を追っていた。
さあ彼女がおみくじを引く番となる。おみくじの筒をこれでもかというくらいに振り混ぜている。
取り出した棒をしげしげと眺めてから数字を確認してもとの筒に戻し、受付でおみくじと交換した。
じっとおみくじを見つめる。やがて満面の笑み。
そして僕の方を向いてにやりとVサインを送る。
その直後彼女は受付の人に声をかけられたようで、振り返って巫女さんと話をしている。
そして巫女さんから何かを受け取り、僕のほうへと戻ってきた。


「ね、今年も大吉よ、大吉!」
やはり彼女は宣言どおりおみくじで大吉を引き当てた。
僕は今年も彼女の運にあやかって生きていくしかないようだ。
「それでねえ、何だかよくわからないけど、大吉の人にって何かもらったわ」
そして彼女はその小さな箱を開けた。
「あーっ・・・」
僕たちは顔を見合せ、そして笑った。
箱の中には真緑色のたまごが鎮座しており、蓋の裏には「開運 子の卵」と書かれていた。


「あーこれで今年こそ、庭から石油が噴きだして大富豪や」と僕が言うと
「うちアパートで庭なんか無いし」と彼女は再びふふんと鼻で笑った。