サヨナラ

ポカ、ポカ、ポカ!
ポカ、ポカ、ポカ!

春のご陽気な表現ではない。誰かが僕の頭をたたいているのだ。
「こら、起きろよ、いつまで寝てんだよ」
「・・・・・・・・いつまで寝てんだよ」
「・・・・・・・・・・・・寝てんだよ」
ポカ、ポカ、ポカ!
「ユカリちゃん、出て行っちゃったぞ」
「・・・・・・・出て行っちゃったぞ」
「・・・・・・・・・行っちゃったぞ」
三方向から声がする。


ゆっくり目を開けると、3つのクマのぬいぐるみと目が合った。
クマッピとクマップとクマッペだ。
僕がそのむかしユカリに買ってあげたクマの3兄弟のぬいぐるみだ。


ポカ、ポカ、ポカ!
「今なら追っかければまだ間に合うぞ」
「・・・・・・・・・まだ間に合うぞ」
「・・・・・・・・・・・間に合うぞ」
ポカ、ポカ、ポカ!


そーか、ユカリはお前達も置いてっちゃったか・・・
「なーに、しみじみとした顔してんだ」
「・・・・しみじみとした顔してんだ」
「・・・・・・・・・・・顔してんだ」
ポカ、ポカ、ポカ!


お前達もユカリのこと好きだったんだもんな・・・
「早く追っかけろって、早く」
「・・追っかけろって、早く」
「・・・・・・・・・・早く」
ポカ、ポカ、ポカ!


でもなあ、もうだめなんだ。ユカリはもうだめなんだ・・・
「なにがだめなんだよ、なにが」
「・・・だめなんだよ、なにが」
「・・・・・・・・・・なにが」
ポカ、ポカ、ポカ!


あいつはもういつの間にか、ぼくたちの声が届かない人になっちゃったんだよ・・・
「クマッピの声もか?」
「クマップの声もか?」
「クマッペの声もか?」
ポカ、ポカ、ポカ!


そうなんだ、もちろん僕の声も・・・
「そんなはずはないぞ、ユカリちゃんはいい奴だぞ」
「・・・・・・・・・・ユカリちゃんはいい奴だぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・いい奴だぞ」
ポカ、ポカ、ポカ!


ホント、いい奴だったよ、ユカリは。でもね、やっぱりもうだめなんだ・・・
「ホントにダメなのか?ユカリちゃんはもう帰ってこないのか?」
「・・・・・・・・・・ユカリちゃんはもう帰ってこないのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・もう帰ってこないのか?」
ポカ、ポカ、ポカ!


うん、きっとそうだ・・・
「クマッピは悲しいぞ」
「クマップも悲しいぞ」
「クマッペも悲しいぞ」
ポカ、ポカ、ポカ!


僕はもうあきらめてたんだ、つい最近だけど。でも悲しいかな・・・あれっ?
「なんだ、泣いてるのか?元気だせよ」
「・・・・泣いてるのか?元気だせよ」
「・・・・・・・・・・・元気だせよ」
ポカ、ポカ、ポカ!
ポカ、ポカ、ポカ!
ポカ、ポカ、ポカ!
もうたたかれるままだ・・・


『あーもう、うるさい! だまれ!』


そう叫んだとたん、3匹の動きは止まった。
パタン、パタン、パタンとそれぞれ倒れて動かなくなった。


そして彼らは普通のクマのぬいぐるみのようになった。
僕は3匹をそれぞれひろいあげて、いつものせまい本棚のすきまにむぎゅっと押し込んだ。
心なしか彼らの目元もしっとり湿っているようだった。


サヨナラ… 僕はそっとつぶやく。