★アイオツナギトメル

昨日の徹夜の疲れもあって今日は夕方早々に会社を出たが、つい電車を一駅乗り越してしまう。
家まではまあ歩ける距離だし健康のためと、初めての道だが家の方向をめざしている歩く。
途中普通の住宅地の一角に奇妙な建物を見つけた。


どっしりとした赤く塗られた大きな木のドアと、横のウィンドウからは、よくわからないがっしりした鉄の馬の飾り物っぽいようなものが置かれている。
よくみるとドアには 『antique piglet』 と描かれた青い木の札が赤いドアと対比して、しかしさりげなくぶら下がっている。
“アンティークショップ?”
この辺にこんな店があるのは知らなかった。 店内に灯りはあるし 『closed』 の札が出ていないので、思い切ってその大きなドアを押してみる。


きりっと空気の違いを感じる。
意外と中はこじんまりとしているものの、よくありがちなごちゃごちゃとした見苦しさはない。
がっしりとした鉄製の上皿の天秤、真鍮のドアノブ、大きな鍵がぶらさがった鍵束、レトロなタイプライター、ワイヤーで編み上げられたキリン、目盛りが刻まれたビアマグ・・・ 
どれも何かを語りかけてくるようにゆるい光を放つように見える。
これらが丁寧に作られた木の机や棚にぽついぽつりと並べられている。
壁の古い照明器具がいくつか柔らかな灯りをともしていて、この部屋のぎりぎりの調和を保っている。
奥に店主らしき白髪の老人が座っている。 何やら少し異国の地の人のようにも見えるが、読書の最中のようで私の動きに顔を上げる気配はない。
昔使ったメスシリンダーのようなガラス品の横に置いてある物に目がとまる。
何かはよくわからないが深緑色の鉄製の丸みを帯びた物体で、手に取ると妙にしっくりとくる重さだ。
何の道具だろうか?
“ヒンジの部分があるから、何かをはさむ物かな?” と思ったその時、背後から声がした。

「ソレハ、ステープラ デス」
振り返るとあの店主らしき老人と目があった。 薄いブルーの瞳だ。
僕は少しどぎまぎしながら、”ソレハ、ステープラ デス”の解釈に頭をフル回転させ、答えを導く。
そうかステープラ… いわゆるホッチキスだ。
「ステープラですか」とようやく僕はその言葉を彼に返した。
「タダノ ステープラデハ ナイノデス」
僕は何と言葉を返してよいのかわからず、次の彼の言葉を待つ。
「アイオツナギトメマス」
「あいおつなぎとめる?」
彼は首を振って、そしてゆっくりと僕に言ったのだ。
「LOVE!」
そういって彼は意外にもニッコリと笑った。


彼は机の引き出しから何かを出して僕に見せてくれた。
それはホッチキスで留められた2枚の古い写真だった。
1枚の写真はどうやら若かりし日の彼らしい。そして彼はその写真をめくり2枚目を僕に見せた。
「My Wife」 そう言って彼は少年のように笑った。
「ソノ ステープラデ ツナギトメラレタ ワタシタチハ イマモ ハピイ」
そう言って彼はその深緑色のステープラを指差したのだ。
彼が言うには 
“このホッチキスの針は特殊な物で残りはあとひと針だけだから、心してお前の愛をつなぎとめろ”
ということだった。


その深緑色の魔法の一品は意外と良心的な価格だった。
そして僕は喜んで彼にだまされてやることとした。

「Thank you and Good luck! 」
彼に見送られて店を出た僕は “何が、イマモ ハピイだよ”と思いながらも、
…彼女の写真はどれがいいだろう… 
などと真剣に考えながら、ゆっくり家へと歩き始めた。