無題


・・・7月の今ごろに播けば10月には1メートルから私の背丈ほどにもなって花が咲くらしいの。
前々から気になっていたんだけど、あなたの家の庭って無駄に広いのよ。
でも、そんなこというとあなたはきっと野菜の苗なんて植えちゃいそうだから。
もらった種だから花の色はわからないのよ。
でもきっときれいな淡いピンク色だと思うの。
この殺風景な庭がピンクよ、一面のピンク。ちょっとおかしいでしょ・・・


そういって彼女は、失礼にも無駄に広いという古ぼけた僕の家の庭にコスモスの種をせっせと播いた。


そして次の日、彼女はアメリカへ旅立った。
3ヶ月限定のニューヨーク事務所での研修だそうだ。
「毎晩、ブロードウェイでミュージカル三昧だな」
「そんなに気楽じゃないらしいの。朝早くから遅くまでこき使われるらしいわ。オフィスからの眺めは最高らしいけれど」


そして僕は律儀に、彼女に命じられたお庭係を勤めた。
いつも僕の顔を見ながら、用を足して庭を横切る近所のネコたちには申し訳ないが庭を迂回してお通りいただいた。
朝夕に庭にやって来るムクドリたちにも、申し訳ないがしばらくは庭のほじくり禁止令をだした。


そうこうするうちに芽を出したコスモスは初夏の光をうけてぐんぐん大きくなった。
もちろん毎日水やりを欠かさなかったぼくもほめて欲しい。


そして9月に入ると彼女が言っていたように草丈が一メートルほどにもなった。


そして10月の帰国予定日に君が帰らずとも庭いっぱいにコスモス畑ができあがっていた。


花は彼女が予想していたピンクではなく、100%全部が真っ白なコスモスだった。


同じように真っ白な近所ネコがぼくをチラリと見ながら庭を横切ろうとする。
「おまえさあ、友達にピンク色のネコいないかあ・・・」
白いネコはふたたびぼくをちらりと見ただけで、またのったりと去っていった。


真っ白なコスモスが秋風を受け元気よくいっせいに揺れる。
彼女の通うオフィスの双子の高層ビルは9月11日に無残にしおれたというのに。
ぼくは縁側でビールを飲みながら、風に揺れるそのコスモスをただただ呆然とながめる。
ただただ呆然とながめる。