シベリアからの使者

じんぐるべー、じんぐるべー、すずがーなるー♪

はかどらない卒論研究で徹夜してから、引越しのアルバイト(クリスマスの日になんか引越しすんなよ)で年下のバイト長にこき使われ身も心もボロボロになって、ようやく安らぎの下宿をめざす。
本日は12月の25日。
日はとっぷりと暮れている。


下宿までの途中にあるなじみの商店街は、すでにクリスマス商戦を終了したようだ。
もっともこの商店街は、年中商売の勢いが感じられないさびれ具合だけれども。
「おーカズやん、売れ残りのチキンだ、持ってけ」とさっそくありがたい声がかかる。
「今年もどーせ売れ残ってんだろうと思ったからさあ」とか言いながらありがたくいただく。
「あらカズちゃん、売れ残りのケーキ、持って帰んなさい。あんたも毎年ひとりでさびしいねえ」
まったく余計なお世話だが、ケーキはありがたくいただく。
今年もチキンとホールケーキをひとりでやけ食いだ。
両手に売れ残りの戦利品を手に入れ、うれしいのか悲しいのかよくわからない状態で下宿までの石畳の坂を登る。


すると、カツ、カツ、カツとさきほどから背後に足音がする。
僕を追う謎のブーツの美女!とありえない妄想を抱いて振り返ると、ありえないものと目が合った。


そこにいたのは巨大な一羽のダチョウ・・・


薄暗い道で見つめあう二人、じゃなくって一人と一羽。
「なぜにダチョウ・・・?」と僕が口を開くと、「いえ、通りすがりの渡り鳥です」とそのダチョウも口を開いた。
「寒いシベリアから渡ってきました。ええ大変でしたよ」と大きな羽根でひたいの汗をぬぐうしぐさをした。
「うそつけ、おまえアフリカ原産だろ?飛べないだろ?」と僕が言うと、奴は、<信じられない、どうしてウソがばれたんだろう>という風に大げさにおどろいて大きな瞳をパチクリさせた。
その瞬間、僕のお腹がぐーっとなった。
僕は何も無かった、何も見なかった、ダチョウもいなかったこととしてさっさと下宿へ帰ろうと歩き出した。
すると、やはりカツ、カツ、カツと背後に足音がする。
無視して歩きつづけて、やっと下宿の前に着いた時、「あのー」と背後からダチョウの声がした。
振り返るとダチョウはにっこりと笑って「メリークリスマス」と言った。
「なんだそれ」と僕は憮然としながらもダチョウを部屋へ招いた。


「おまえ、土足だろそこの雑巾で足をふけ」と僕はダチョウに厳しく指導すると、奴はおとなしく従って足を拭いていた。
「しかし何だなあ、ダチョウと過ごすクリスマスってのもなあ・・・」と僕が言うと、「まあ、それも一興でしょう」などとダチョウのくせに生意気なことを言う。
僕はもうどうでもよくなって、冷蔵庫からビールを出して、さっきもらったチキンを食べ始めた。
すると驚いたことに、このダチョウもチキンを食べ始め、勝手に缶ベールを開けてぐびぐび飲み出した。
「おまえ、ダチョウがチキンを食うのは倫理上問題あるんじゃないの?」と言うと「まあそう硬いこと言わずに」と平然として、「シベリアは寒かったなあ」などと相変わらずいいかげんなことを言っている。
このままでは大半がダチョウに飲み食いされてしまうので、僕もピッチを上げて応戦する。
「そういやあ、なんかのテレビでダチョウの肉はうまいって言ってたなあ。ダチョウ牧場とかあるらしいなあ」と軽くダチョウに牽制球を投げ込むと
「いえいえ、そんなのは野蛮人のすることです。ダチョウは聖書で食べてはならない食品の一つに入っているため、ユダヤ教徒は食べませんよ」と軽くかわそうとする。
「日本人は大半は仏教だからなあ。そんなの関係ねえ、そんなの関係ねえ、ってか。ははははは」僕もだいぶアルコールがまわってきたみたいだ。


「おまえ、手ぶらで飲み食いしやがって、卵のひとつも提供しやがれ。 オムレツ作ってやるから」と僕が言うと。
「いえいえ、私はオスですから。 それにアフリカでは、ダチョウの卵は老人、子供の食べ物でおとなが成人が食べるのはだめなんですよ」と憮然としている。
「ほんとうに役にたたねえなあ」とこちらも負けずに憮然とする。
気がつくと奴はケーキの箱を狙っている。
「待て。無芸大食の奴を太らすほど裕福な暮らしはしていない。ケーキを食いたくば、一芸を披露せよ!」とダチョウに言い放つと、奴は「むむむ・・・」と唸りながら、両手羽で胸に谷間を作って「ダッチョーノ」と言った。
「おい待て。今のは昔なつかしパイレーツの『だっちゅーの』というギャグのつもりか?」と聞くと、奴はコクリとうなずいた。
一瞬間があって、僕はあまりのくだらなさに不覚にも笑ってしまった。
その瞬間、奴は一口でホールケーキの半分を食べ尽くすという奇襲に打って出た。
怒った僕は奴にジャーマン・スープレックスホールドを繰り出し、どたんばたんという騒音と共に、ケーキは飛び散り、ビールはこぼれ、僕の6畳一間の下宿は聖なる夜とは程遠い修羅場と化した。
しかし、何とも言えず楽しい。 僕はすっかりハイになり笑いながら、奴にプロレス技をガンガン仕掛け、奴も負けじと応酬を続けた。
誰もかれもクリスマスで出払ってしまったアパートで、残された僕とダチョウは夜遅くまで大笑いしながら闘いを繰り広げた。


朝、目を覚ますと台風が過ぎ去ったかと思うぐらいに乱れに乱れた部屋の様子に僕は呆然とした。
そして、玄関のドアに一枚の張り紙を見つけた。

『お世話になりました。また来年のクリスマスもシベリアからやってきますのでよろしく byダチョウ 』


「うそつけ、おまえアフリカ原産だろ? 飛べないだろ?」と僕はひとりでさみしく突っ込みを入れた。