虹割梅酒


いなかのばあちゃんが5年物の梅酒を送ってきてくれたので、友人サラミにおすそ分けを持って行く。
サラミの家は峠の三本杉のすぐ近く。 赤いレンガに緑のとんがり屋根だからすぐわかる。


呼び鈴のひもを引くとサラミがすぐに顔を出した。
「やあカルパス、いらっしゃい。 来る前に伝書鳩の一羽でも送ってくれたら、もてなしの準備でもできたのに」 と相変わらずのひとなつっこい笑顔だ。
「ばあちゃんが、梅酒を送ってきてくれたんだ」
「いいねえ、梅酒は大好物さ」 そういってサラミはボクを部屋に招いてくれた。
「この前、カルパスに借りた本 『旅する犬の記憶』 は最高におもしろかったよ」 サラミはテーブルにグラスをならべる。
「あの作家さん、生涯あの本1冊しか書いていないんだよ。もったいない」 ボクはそういって、テーブルに梅酒のボトルをだす。
「そうだ。 せっかくだから、梅酒の虹割りをしようか?」
「にじわり?」
「そう、虹割り。 ひみつの場所があるんだ。 ちょっと虹をいただきに行こう」


サラミは背丈ほどもある大きな木槌を、ボクはガラスの密閉ビンを持って家の外へ出た。
そしてボクたちは三本杉を越えたところにある小さな生け垣のところにきた。
「この生け垣ってなんだか不自然だと思わない?」
たしかにサラミがいうように、何も無いところにあるこの生け垣はどうも不自然だ。
「そこんところに太いコルク栓が刺さってるのが見えるかなあ」
みると、直径30センチほどのでっかいコルク栓が地面に突き刺さっていた。
「そのコルク栓をこのでっかい木槌で横から〜」 と、サラミが木槌を斜め45度の角度からコルク栓をぶっ叩いた。
“スポ〜ン” とコルク栓が抜け、ぽっかりとした穴が顔を出した。
サラミは “よーく、ごらんあれ” という感じでその穴を指差した。すると突然その穴から、色鮮やかな光の渦が空に向けて一直線に噴き出し始めたのだった。
ただ見た目がきらびやかで派手な割にはほとんど音はしない。 なんとも不思議な感じだ。


「これは・・・虹?」 ボクがサラミにたずねると、
「そう、これは虹の源泉。 やあ、今日は珍しく真上に上がったね」 とまぶしそうに空を見上げていった。
「ふつうはもっと斜めに噴き出すから大きな円弧を描いた虹になるんだけども、今日は天へ一直線の虹だね。 さて誰か見ている人はいるのかな」
サラミはボクに持ってきたガラス瓶でその噴き出す虹をすくってごらんという。
「大丈夫、大丈夫、さらさらと気持ちがいいから」
ボクはおっかなびっくりガラス瓶を虹の源泉に差し入れると、サイダーがグラスに注がれるような感覚で、ビンはシュワシュワと色とりどりの光の粒であっという間に満たされた。
ボクは大急ぎでビンに蓋をしてしっかり密閉した。
重さは感じないけれど、ビンの中にはたしかに赤、青、黄色、紫・・・の小さな虹が詰まっていた。 
ボクがそのビンにみとれている間に、サラミは木槌でコルク栓と格闘していた。
「しっかり、栓を、しとかないと、大事な時に、虹が、出なくなるからね・・・ ふうっ」 
ようやく栓をつめ終えたサラミがいった。
「大事な時って?」
「さあボクもよくわからないんだけど。 ははは」


ボクたちは大事にビンを抱えてサラミの家にもどった。
さっそく梅酒の虹割りをいただく。
「!!!」
僕たちは顔を見合わせた。
「これはすごいね。梅酒のできがいいからかなあ」
「虹の鮮度と純度が高いからじゃないかなあ」
「やばいね」
「うん、やばい、やばい」 ボクたちはクスクス笑った。
サラミはすくっと立った。
「そうだ、ジャーキーも呼んでやろう」
そしてボクたちはジャーキーの家へ伝書鳩を飛ばした。
“ジャーキー、大至急、うちに来られたし。 来ないとやばいよ” と手紙を付けて。