Duck Grass


“異国の地でもさびしくないように・・・ ”


そう書かれた君からのエアメールで届いた植物の種。 それを下宿している部屋から窓下の花壇へこっそり播いたのは夏前のことだった。
“どの時期に播いてもいいよ” と手紙には書いてあったけれど、播いてからいっこうに芽が出ないからすっかり忘れてしまっていたのだった。


予想に反して、この地域の夏は暑かった。 この国では午後から昼寝の時間があって、みんな結構のんびりしている。 暑いと接着剤の乾き具合が今までとはちがうので、いつもにも増して仕事のペースが上がらず、修業中の見習い職人である僕としては、のんびりと昼寝する気分にはならない。
「まあそうあわてるなよ」と親方はいってくれるのだけれど、気ばかりがあせりどうもうまくいかない。
できればこの半年で何かしらのかけらを見つけたかった。 鈍くてもいい、この仕事でやっていけるのかどうかを照らしてくれる光のかけらを。 別に輝いたかけらでなくてもよかった。 
しかし、あせればあせるほど空回りする日々。 


やがて夏が終わり、秋をすっ飛ばしてすぐに冬が来た。
この地域の冬はさすがにこたえた。 体験したことのない、ずんとくる寒さだった。 
そして僕はさらにさびしさにみがきをかけた。
ぱちぱちとはぜる薪ストーブの炎だけが、唯一僕にかすかな希望を与えてくれる。 そのかすかな希望の中で、僕は頑張った。
寒さから指先の感覚さえ取り戻せれば、夏の頃よりはずいぶん自分のイメージで仕事をこなせるようになった。 すこしずつ、すこしずつだけれども。
そうこうするうち結局故郷にも帰れず、新しい年をこの地で迎えることとなった。 しかし、望んでいたかけらは何とか手に入れられそうな気がしてきた。 


    “ぐあ、ぐあ、ぐあ” “があ、があ、があ”


東の空がうっすら鈍く明けだしたある日の朝、窓の外から奇妙でちょっと間抜けな音が聞こえる。


    “ぐあ、ぐあ、ぐあ” “があ、があ、があ”


冬の間、硬く閉ざしていた部屋の窓を開けてみる。
窓の下の少し雪が溶け出した花壇に声の主がいた。 雪と同じくらい白く、しかし上の方だけはくっきりと明るく黄色の花。 その花をこんもりと着けた植物がにょっきりと顔を出して、朝のわずかな風に揺られてユーモラスに鳴くように音をたてた。


「おやまあ、珍しい」 外に薪を取りに出たのであろう下宿のおかみさんが、その植物と私の顔を交互に見て声をあげた。
「アヒルソウね。 何かのテレビで見たことがあるわ」
「アヒルソウっていうんですか?」
「あなたが播いたの?」
「ああ、いえ・・・ すみません勝手に・・・」
「いいのよ。 テレビで言ってたわ、この花はねえ、頑張っている人が居るところで咲いて、があがあと周りをにぎやかにして励ましてくれるんですって」


    “ぐあ、ぐあ、ぐあ” “があ、があ、があ”


たしかに何ともにぎやかだが、やかましいというわけではない。 そういわれてみればなんだか励まされている気もする。


    “ぐあ、ぐあ、ぐあ” “があ、があ、があ”


「あなたももうひと頑張りね」
「あ、はい」


   〜〜揺れる揺れるアヒルが揺れる “ぐあ、ぐあ、があ、があ、ぐあ、ぐあ、があ”〜〜


そして僕は久しぶりにカメラを取り出し、セルフタイマーでアヒルソウと並んで写真を撮った。
“もう少しこのアヒルソウに励ましてもらえば、近いうちに帰れるような気がするんだ”
そんなメッセージをこの写真に添えて、急いでエアメールを君に送るよ!