2段目からの旅


初めて我が家の子供部屋に2段ベッドがやってきた。


「僕が年上なんだから僕が上のベッドだ!」という兄ちゃんの理不尽な要求を何とかかわして、毎晩、寝る前にジャンケンをしてどちらが上で寝るか決める事になった。
やっぱりどうせなら高いところで寝なきゃな。
そして、ショートケーキの選択権を決める時以上の気合の入ったジャンケンで、僕は記念すべき初日の2階のベッドの権利を勝ち獲った。


ベッドは今まで畳の上で寝ていたのとは違う感覚。
自分専用の小さな船にいる気分。
しかもその船は上空を進んでいる。


ごつん!
上空を進む僕の船に何かがぶつかった。
マクラの横にいた僕の相棒であるのペンギンのぬいぐるみもコロンと倒れた。
どうやら船の右横が岩場に激突したようだ。
右横からどんどん水が入ってくる。
僕は必死で水をかきだす。
頑張って頑張ってかき出していえるうちに、つい柵を乗り越えてしまった。
あああっ…
僕はゆっくりゆっくりと重力に従って下へ落ちていった。


どすん!
僕の落ちた先は光と熱に満ちていた。
広がる単調な砂の世界。
どうやらここは砂漠?
いつの間にか首からかけていた水筒に残る水はわずかだった。
とにかくオアシスを目指さなくっちゃ。
僕は何の根拠もなく適当な方角へ歩き出した。
なれない砂の上を歩くのはひどく疲れた。
オアシスなんてどこにあるんだ!と僕がやけになって叫ぶと背後から声がした。
「オアシスをお探しかい?」
そこには牛のような白と黒の模様をしたおかしな一頭のラクダがいた。
彼は口をもごもごさせながら僕に言う。
「じゃあ背中にお乗りなさい。ちょいと時間はかかるが連れてってやろう、そのオアシスへ」
突然現れたその親切な牛柄ラクダの背中のこぶの間にすっぽりと僕はおさまった。
ラクダは彼の歌声とともにゆったりと歩き出した。
「つうーきのー、さあばーくうーをー、はあーるうー、ばあーるうーとー、うーしのー、らくうだがー、いーきーまーしたあー」
牛柄ラクダは親切だが歌はチョーへただった。
のっそりのっそり歩く単調なそのリズムに、ぼくはなんだか眠くなってきた。
そしてうつらうつらとするうちに、僕の体は彼の背中からずるりと傾いてしまった。
あああっ…
僕はゆっくりゆっくりと重力に従って下へ落ちていった。


どすん!
「おーい、おーい」
何だかあたりが騒がしい。
誰かが僕を呼んでいる。
目を覚ますとそこは体育館のマットの上だった。
「おい、だいじょうぶか」目の前に体育の先生がいた。
「跳び箱に激突して、落下したのをおぼえているか?」と先生は言う。
「いえ、覚えてません」僕が答える。
「2たす3はいくつだ?」と先生がまじめな顔で言う。
「5です…」という僕の答えに「とりあえず頭は無事か」とボソッと先生は言った。
「あれだけ派手に激突した奴は俺の体育教師生活の中でもベスト1だ」と先生は乾いた笑いを見せた。
「おーい、とりあえず担架だ担架。体育委員のふたり、こいつを担架で保健室までつれてゆけ」
呼ばれて現れた見覚えのない顔の体育委員の2人が僕を担架に乗せた。
えいほっ!えいほっ!えいほっ!えいほっ!
威勢の割には体育委員達は足元がおぼつかない。
そして、体育館を出る段差部分で見事につまづき、案の定、担架ごと僕を放り出した。
あああっ…
僕はゆっくりゆっくりと重力に従って下へ落ちていった。


どすん!
僕は床の上に落ちた。
並べた椅子の上から落ちたようだが、どうやらここは会社のようだ。
テレビで見たことのある、いわゆるオフィスの景色。
「また昨日も会社で寝ていたのか、お前は!」
これまたテレビで見たことがあるようなおじさんが僕に言う。
「それで例の秘密の書類はできあがったんだろうな」
「えっ?何の書類?」と僕が言うと、その人の顔はみるみる赤くなってきた。
とっさにヤバイと思った僕は、
「冗談冗談、あの書類ですよね」と決められたようなセリフを言い、自分のデスクと思われるところから『例の秘密の書類』と書かれたファイルを見つけた。
そして僕は急いでそのファイルを抜き出した。
しかし、その勢いでファイルが僕のデスクに飾ってあったペンギンのぬいぐるみを跳ね飛ばした。
ひゅるるるる…
スローモーションのようにペンギンが宙を舞う。
そして僕も彼を受け止めようとして宙に舞った。
あああっ…
僕とペンギンはゆっくりゆっくりと重力に従って下へ落ちていった。


どすん!
僕は2段ベッドの上段にようやく無事帰還した。
ぽすん!
少し遅れて、僕の相棒であるのペンギンのぬいぐるみもマクラの横に無事着地した。


これからも僕は毎晩どこかに旅をするのだろう。
でも、今日のようにうまく戻ってこれるかどうかは少し心配...