クリとクラの出張お誕生日会


朝起きるとママはもう出かけるところだった。
ママは「コウくんごめんね」とだけ言って仕事に行ってしまった。
今日は僕の誕生日。
でもこんなことはもうなれっこ。
ボクも「だいじょうぶ」とだけ言ってママをみおくった。
別に悲しいわけでもない。
けどほんのちょっぴりさびしい。
とりあえずボクはいつものように、あさごはんにパンを焼いてめだまやきを作ってひとりで食べた。
そのあと、ひとりでテレビをみた。
そのあと、ひとりで本をよんだ。
そのあと、ひとりで絵をかいた。
あさごはんを食べてから、まだ1時間しかたってない。
ひとりでいると時計の動きはすごくゆっくりだ。
そう思ったとき、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。


「誰?」と僕がドアごしに聞くと、「クリとクラでーす」という返事。
「ごようけんはなんですか?」と僕が聞くと「あのー、クリとクラだよ、知らないの?」とさっきとは違う声がした。
「知らない」と僕が答えると「何だよ、世界的アイドル・キャラのクリとクラを知らないの? ノリ悪いなあ」という声と「まあまあ、営業営業」とその声をなだめる声がした。
「コウくんのママさんからの依頼で、コウくんのお誕生日会を一緒にやりましょうという企画ですよ」
お誕生日会!それを聞いてボクはゆっくりとドアをあけた。
赤と青の三角の帽子をそれぞれかぶった2ひきが立っていた。
「クリです、よろしく」と赤帽子の方が手を出した。「はいはいクラです、よろしく」と青帽子の方がぶっきらぼうに答え、手を出した。
「コウです。よろしく」とぼくは彼らとあくしゅして、家の中へ招き入れた。
彼らはサンタのように大きな袋をひきずって部屋に入った。
「さっそくですが、今日のスケジュールを発表します」とクリが言った。
「まず、部屋のかざりつけをします。それからお昼のピザとお誕生日ケーキを焼きましょう」
「それじゃあ、この殺風景な部屋をかざりつけますか」とクラがサンタの袋からごそごそと折り紙で作った輪っかのくさりをずるずると引き出した。
「じゃあコウすけ、そこんとこの端を持って、その柱のところにかけて。 同じようにして、その端っこを向こうの柱にかけて。 うん、いやそこじゃないよ、その右のとこ」とクリはぼくのことをコウすけと呼び、おまけに人使いがあらい。
「ねえクラ。クラの作ったこの飾り、なんだか途中から新聞紙やチラシで作ってない?」とクリが言うと「色紙、とちゅうでなくなっちゃってさあ。まあ気にしない、気にしない」とクラ。
それでも、部屋にかざりつけると、なんとなくパーティーっぽい雰囲気がした。


「じゃあ、いよいよピザとケーキだね」と今度はクリがサンタの袋をごそごそとさぐって、なにやらたくさんのものを並べた。
「ピザの担当はコウくんだからね」とクリが言った。
「ピザの生地はもう作ってきたから、あとはここにある材料をコウくんのセンスで生地の上に並べてください」
そして、お皿の上にはチーズ、ベーコン、エビ、アサリ、ピーマン、チキン、ポテト、タマネギが並べられた。
クラが言う「なんか、豪華でないかい? 材料費はギャラとは別途支給だよね? ギャラに込みじゃないよね? ねえねえクリ?」
「もう、クラ、うるさーい」とクラはクリに怒られていた。


「じゃあクラ、僕らはケーキのスポンジを作りましょう」
「この前、作ったときはうまくふくらまなかったからなあ、クリの混ぜ方がわるかったから」
「ちがうよ、あの時はオーブンの調子がわるかったんだよきっと」
「今度は、この『スーパーふかふかスポンジケーキミックスの素』を買ってきたから大丈夫さ」
「なにそれ?」
「え、知らない? インターネットで話題の『スーパーふかふか』」
「なんか、あやしくない?」とクリは不安そう。
「大丈夫、大丈夫」とクラは自信満々。
そんなわけでクラはスポンジを担当し、クリはクリームの方を作り始めた。


「コウすけ、ピーマンは少なくていいから」とクラ。
「好き嫌いはだめだよ」とぼく。
「コウくん、ピザは好き?」とクリ。
「大好き!」とぼく。
「欧米か!」とクラ。 その突っ込みを聞かなかったことにして手を動かす、ぼくとクリ。
ピザはきれいに出来た。
一枚のピザの半分をシーフード系に、残り半分をチキン、ポテト系にして、どちらにもピーマンをどっさり入れた。


オーブンは1つしかないので、先にクラ担当のケーキのスポンジを焼くことにした。
「なんたって、『スーパーふかふか』だからな」とオーブンをのぞきながらクラは「すごい、すごい」と僕たちを呼んだ。
僕たちがオーブンをのぞくと、ケーキの型からあふれて、オーブンの高さいっぱいまでふくれたスポンジが見えた。
「すごーい」と僕がいうと、「だろー」とクラは自慢げだった。


そしてオーブンから、いつものの3倍くらいふかふかに焼きあがったスポンジを取り出したクラは、「この前はクリが失敗したからねえ」と鼻たかだかだった。
そしてスポンジを型からはずそうとひっくり返したときに、スポンジはプシューという音とともに4分の1ぐらいにしぼんでしまった。
「あっ? えっ?」と泣き笑いのクラ。
「ええっと、けっきょくまあ、いつもより少しふくらみが悪いくらいかなあ・・・」と少しおかしそうなクリ。
クラは「ちょっとしぼんだぐらいのスポンジがおいしんだよな・・・」とぶつぶつ言いながら、スポンジの周囲にきれいに生クリームを塗った。
「すごい。クラじょうずだね」と僕がいうと、クラは自慢げにふふんと鼻を鳴らした。
「コウくん、それじゃあ、さらに生クリームをしぼってデコレーションしてみましょう」とクリから生クリームの入った絞り器が渡された。
僕は星型の生クリームを絞りだしながら、ケーキの周囲やてっぺんにぐりぐりといろんな模様をかいた。
「おっ、初めてにしてはうまいね」とクリ、「まあまあだね、俺ほどじゃあないけど」とクラがほめてくれた。


「さてケーキといえば、イチゴなんだけど・・・ただのイチゴではおもしろくありません」とクラはイチゴの入った容器を出した。
「なんなの?」とクリが少しいやそうな顔をした。
ロシアンルーレット・イチゴでーす。 このイチゴのうちひとつにトウガラシがたっぷりはいってまーす」と楽しそうにクラが言った。
どれも普通のイチゴに見えた。
僕はそのイチゴをケーキの上にきれいに並べた。
「うん、見た目きれいなイチゴのケーキができましたー」僕たちはパチパチと拍手した。
クリはそのケーキを冷蔵庫に入れて冷やし、クラはさっきのピザをオーブンに入れた。
すぐにオーブンからは香ばしいピザの焼けるにおいがただよいだした。


「お昼にこのピザ食べたら、ゲーム大会して、負けた人が台所で洗い物をします」とクリ。
「コウすけが負けても洗い物だかんね」とクラ。


あつあつのピザはとってもおいしかった。
生地はさっくり、チーズとろーり、エビプリプリ、チキンジュージー、ポテトほこほこ・・・
自分で作ったんだからなおさらおいしかった。
みんなで仲良く食べて、いやがるクラにもちゃんとピーマンを食べさせてあげた。


食後のゲーム大会は僕の圧勝だった。
トランプのババ抜きも七並べもクラがビリだった。
クラがいうところによると、クリが持ってきたポケモンのトランプが良くないらしい。
クラはサンタの袋をごそごそとさぐって、「これで勝負だ」と人生ゲームを引っ張り出した。
しかし、結果、やはりクラが大敗した。
僕は弁護士になり、クリはプロ野球選手になりそこそこ優雅な暮らしを手に入れたが、クラは子だくさんのフリーターとなり、あげく最後の大逆転をかけた勝負で貧乏農場行きが決まり、赤い紙をたくさん所有することとなった。
「じゃあクラ、洗い物おねがいしまーす」と僕とクリはソファーにころがった。
台所でクリがぶつぶつ言いながらもようやく洗い物を終えると、ちょうど壁の時計が3時を知らせるメロディを奏でた。


「じゃあ、お待ちかねのケーキの時間ですね」とクリはゆっくりと立ち上がり、紅茶をいれる準備をした。
クラは冷蔵庫からケーキを出してろうそくを9本立てた。
「よく9本ってわかったね」と僕がクラに聞くと、「9歳になりました!って顔をしているから」と言ってクラは笑った。
「まだ、昼間だから、ろうそくも雰囲気でないね」と言いながら、クリがゆっくりとろうそくに火をつけた。
「ハッピバースデー ツーユー♪ ハッピバースデー、ツーユー♪」クリとクラはびっくりするほど歌がうまかった。
「ハッピバースデー ツーユー♪ ハッピバースデー、ツーユー♪」上下のパートに分かれて、ハモっている。
「ハッピバースデー ディア コウくん(コウすけ) ハッピバースデー、ツーユー♪」
ふーっと僕はいっきに9本のろうそくを消してみせた。
そして、クリとクラが大きな拍手をしてくれたので少し照れくさかった。


「さあて、どう切るかな」とクリが悩んでいたので、「4つに切って、1つはママに残してあげてよ」と僕は言った。
なるほど、といった感じでクリとクラは顔を見合わせた。
どうやら、二人は3分の1ずつを食べる気満々だったらしい。
「さてみなさん、おぼえていますか? ロシアンルーレット・イチゴですからね!」とクラはうれしそうに言った。
ひとりのケーキには大きなイチゴが2個のっていた。
「ひよっとしたら、ママのケーキのイチゴに・・・ってことに」と僕が心配そうに言うと「いやその可能性も大ありですね」とクラは楽しそうに言った。
僕は端のほうから慎重にケーキを食べはじめた。
ちょっとしぼんじゃったけどそれでもふわふわのスポンジに、しっかりした甘さのきめ細かい生クリームですごくおいしい。
「すごくおいしい」と僕が言うと「よかった」とクリがにっこりわらった。
その横でクラはハイペースで1個目のイチゴに挑戦した。
「うっ!・・・」とクラがにぶく叫んだかと思うとフォークの動きが止まった。
僕とクリは顔を見合わせた。
「ねえ、クラ泣いてるの? 泣いてるの? 当った? ルーレット当った?」とクリはクラの顔をのぞきこんだ。
クラは何も言えないようだった。
「さあ、これでママさんのケーキも大丈夫。 私たちもじっくりケーキをいただきましょう」とクリは言った。
クラには気の毒だけれど、大粒のイチゴもすごくおいしかった。
しばらくして復活したクラは、泣きながらもしっかりとケーキをたいらげた。
「これは二人からのプレゼントです」とクリからどんぐりの実で飾られた木製の写真立てをもらった。
クラはサンタの袋をごそごそとさぐって、ポラロイドカメラをとりだした。
そして3脚をセットして僕たち3人はセルフタイマーで写真をとり、その写真立てに入れてかざった。
「ありがとう。とてもうれしい」僕の宝物が今日またひとつふえた。


壁の時計が5時を知らせるメロディを奏でた。
ひとりじゃないと時計の動きはすごくはやい。
「それじゃあ、そろそろ営業時間終了なんだ」とクラはすこしバツが悪そうに言った。
「ありがとう、とっても楽しかったよ。 本当にありがとう」僕はクリとクラにお礼を言った。
「よかったらまた、いつでも声をかけてください」とクリ。
「いつでも営業してるから。 ママさんによろしく」とクラ。
二人は帽子をとって、ていねいにお辞儀してから、サンタの袋をひきずって玄関から出ていった。


僕がまたひとりになった。
そして、ソファーに座って「ふーっ」とため息をつくと、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴って、ばたばたとママが帰ってきた。
「コウくんごめんね、でもケーキ買って急いで帰ってきたから」と言いながら部屋に入ったママは、そのかざりつけをみて驚いた。
「これはどうしたの?」
「ママ、ありがとう。クリとクラを呼んでくれて。いっしょにかざりつけをして、ピザを焼いて、ケーキも作ってお誕生日会をしたんだ」
ママは不思議そうな顔をして「え?クリとクラってなに?」
僕が答える「ママ、クリとクラ知らないの? 世界的アイドル・キャラだよ」